vol.2 ~風と太陽で塩を作る~「土佐の塩丸」の物語【黒潮町】

最終更新: 2月16日

sawachinaがクラフトコーラの製造を通じて伝えていきたいストーリー。

それは高知の豊かな食材と食文化、そして人です。

vol.2は、sawachinaに使用している食材の一つ「天日塩」について。作り手である黒潮町の(有)ソルティーブ2代目・吉田拓丸さん(38)を取材しました。拓丸さんが天日塩づくりに至るまでのストーリーをお伝えします。




黒潮町で天日塩が生業になるまで


「天日塩」と一般的に家庭で使用される「精製塩」では、作り方が大きく異なることをご存知ですか? 精製塩は主に電気分解を用いることで比較的、安価に大量生産することができます。一方、天日塩は太陽や風の力だけで夏場で約1カ月、冬には2カ月以上もの時間をかけてゆっくりと作られています。一粒一粒にミネラルがバランス良く込められるよう、その間毎日欠かさずかき混ぜる作業が必要です。



天日の力できれいな結晶が生まれるまで毎日くり返し、濃縮した海水を混ぜます




加熱や精製といった加工を一切行わずに結晶化させた塩はきめ細かく、ミネラルが豊富





そんな天日塩を高知・黒潮町の自然の力を借りて作り上げているのが(有)ソルティーブの吉田拓丸さんです。


拓丸さんが高知へやってきたのは、3歳のころ。両親に連れられて大阪から高知行きのフェリーに乗って海を渡ってきた記憶が今でも残っているといいます。まだ地方への移住が珍しい時代に黒潮町(旧・佐賀)へ移住した両親が生業として選んだのが海水から自然の力だけで天日塩を作ることでした。




「両親が自分で作った塩を送ると『ありがとう、美味しい』という声が返ってきたり、天日塩を使ったパンやお味噌がお返しに送られてきたり。それを父と母が嬉しそうにしているのを見て子どもながらに『いい仕事だな』と思っていました」。


物心が着く頃には、自分も塩づくりを仕事にすると思っていた拓丸さん。中学を卒業したら共に働きたいと両親に伝えると「高校へいきなさい」と言われてしまいます。高校へ進学して、卒業するころに再度塩づくりをしたいと両親に伝えると、今度は「もっと広い世界を知りなさい」と言われ、京都の大学へ進学します。



「思えば、塩づくりというのは父と母が見つけた生業。きっと両親は自分たちの仕事をそのまま引き継ぐのではなく、自分の生業を見つけて欲しかったんだと思うんです」。


両親のいう通り、もっと広い世界を知ってみようと大学を卒業後、拓丸さんは大阪のダイビング会社へ就職します。塩以外の仕事を見つけることに戸惑いもありましたが、小さい頃から側にあった「海」に関する仕事を選びました。


「4年間勤めて、この仕事ならどこに行っても食べていけるという知識と技術を身につけたところで、高知へ帰ろうと思えました。両親のいう通り、高知から離れて知らない世界を知ったうえで、やっぱり塩づくりを自分の生業にしたいと思えたことが大きかったです」。


2009年に高知へ戻り父の元で塩づくりの修行を始めた拓丸さん。父・吉田 猛さんから4年間基礎を学び、「自分の考えとやり方で、自分の塩を作りなさい」という教えの通り、2013年には自身で新しい施設を立て、自分の塩の作り方を極め始めました。父親の塩との違いは、海水を混ぜる回数や収穫のタイミング。些細なことでも塩の味は変わるといいます。 拓丸さん独自の塩が完成し販売に至ったのは2014年のことでした。




もっと「塩」のこと、「海」のことを知ってほしい


両親の言葉通り、塩だけでなく自分の仕事のやり方を見い出した拓丸さん。「もっと塩について知ってほしい」と、新しい施設では塩づくりの体験も始めました。体験の流れのなかで、海水から塩ができるまでの工程をわかりやすく丁寧に教えてくれます。



「塩の話をしている時はとても楽しいです。自分が好きでやっている仕事について知ってもらえるというのは嬉しいですし、塩の種類を知ることでその人の食生活をより豊かにできると思っています。日本ではほとんどの人が精製塩を口にしていますが、天日塩とは味や成分が明らかに違います。うちの塩を食べてほしいということではなくて色んな種類の塩があるということをまずは知ってほしいです」。


塩の種類を知ることは、料理の幅を広げたり自分たちが口にするものの豊かさを増すものだ、と拓丸さん。「塩のことを知ってほしい」という一心で、海や塩についても勉強に励みました。"プロならどんな質問を投げかけられても答えられるように"。ダイビングの仕事を通じて生まれた拓丸さんの考え方です。



何より拓丸さんの説明の面白いところは、塩づくりの工程だけでなく、海や生物の起源に遡ってお話をしてくれること。「土佐の塩丸」という商品名の由来もそこにありました。




生物は皆、海に還る。「土佐の塩丸」は吉田家で築いた哲学



濃縮するために汲み上げてきた黒潮町の海水



(有)ソルティーブの天日塩は「土佐の塩丸」という商品名で販売されています。

人は海から生まれ、海へ還っていく。「丸」の字には、自然の循環や調和の意味を充てています。それは、拓丸さんの名前にも。


「土佐の塩丸は、僕一人でも父一人でも、母一人でもない、吉田家3人でつくってきた哲学です。この町で塩を作り続けてこれたのは、高知の海と風、太陽がなければできなかった。何より、黒潮町の人たちが温かく見守ってくれなかったら続けてこれなかったので、吉田家としてこの土地にすごく恩義を感じています」。



この土地にどのように恩返しをするのか。今、父と同じように塩づくりを生業として一児の父親になった拓丸さんが出した答えは、企業として少しずつでも成長していくことでした。


「父との会話はとても楽しかったですが、塩づくりについて多くは語りませんでした。今でも、日々仕事をしながら『父はあの時なにが言いたかったのだろう』と考える時間があります」。


息子に対して、父と同じように自分の生き方を見つけてほしいと思っているという拓丸さん。もし塩づくりをしたいと思ってくれた時に吉田家の物語が繋がっていくようにと、名前は海丸(みまる)と名付けました。







主役は海、風、太陽。その循環のなかで塩のお守りをする「塩守り」として、拓丸さんは今日も黒潮町の自然のなかで塩を作り続けています。





取材後、拓丸さんにsawachina#2を飲んでいただきました。「第一弾と比べて、より塩のうま味を感じる」とお墨付きをいただきました!


「海のこと、塩のことをもっと知ってもらいたい」という拓丸さんの想いがsawachinaを通してより多くに人に伝わっていくと嬉しいです。



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有限会社 ソルティーブ


1994年創業。高知県黒潮町で天日塩「土佐の塩丸」を製造・販売している。事前予約をすれば、製塩所での塩づくり体験も可能。


電話/0880-55-3226 

住所/高知県幡多郡黒潮町灘333(灘製塩所)

営業時間/9:00〜17:00 (不定休) 

HP/https://siomaru.com


photo & text by かずさ まりや (@kazusa_mariya, @chuu_kochi)