vol.5 一番大切なのは「心持ち」。杉本夫妻がレモン農家になるまで【黒潮町蜷川】

更新日:2021年10月11日

sawachinaがクラフトコーラの製造を通じて伝えていきたいストーリー。

それは高知の豊かな食材と食文化、そして人です。

vol.5は、sawachina #2 に使用している「グリーンレモン」の作り手・杉本憲司さん(44)と妻のさち子さん(39)を取材しました。杉本夫妻が地域と農業、子どもたちの未来にかける想いをお伝えします。





杉本憲司さん(左)と妻のさち子さん(右)


レモンといえば、夏!というイメージがありますが、実は国産レモンの収穫は冬が多いことをご存知ですか?夏に購入できる国内のレモンは冬の間に収穫したものがほとんどだそう。そんななか、高知県黒潮町では夏に採れる「グリーンレモン」の栽培が盛んになっています。希少価値の高いグリーンレモンを育てる杉本夫妻が農業に辿り着くまでには異業種での経験や子育てが大きく影響していました。



神奈川県で出会った二人が黒潮町でレモン農家になるまで



憲司さんは高知市出身。20代の頃に始めたサーフィンがきっかけとなり、車で2時間ほどの距離にある黒潮町へよく訪れていました。神奈川県で介護職への就職が決まってからも黒潮町に訪れては「いつか海が近くにある地域に住んでみたい」と思いながら高知を後にしました。



「介護職を通して"食べる"って人の根本だな、と思うようになりました。おじいちゃんやおばあちゃんが一番幸せそうなのが、食事の時間。人間にとって"食べる"ことの大切さって何歳になっても変わらないんだと感じました」。


シンプルだけど、人の根源である"食べる"という行為に興味をもった憲司さんは30歳になる前に農業に挑戦してみたいと思い立ちます。波乗りをしながら、海が近い土地で食べ物を作って生活をする。そんな空間を作れたら最高じゃないか!と、黒潮町で農業の道を模索し始めます。

そんな時、友人を介して出会ったのが妻のさち子さん。共通点は同じ介護職に勤めていたことで結婚を機に奥様も黒潮町へ移住して共に農業を行うようになりました。





「最初は露地栽培でじゃがいも、にんにく、スナップエンドウ、おくら・・・。色々やってみました。ハウス栽培も視野に入れるようになったとき、地域のおじいちゃんが『いちごなら教えられるよ、やってみないか』と声をかけてくれて」。


いちごという作物がとっかかりにあったのが良かったのかもしれない、とさち子さん。


「いちごは手をかけるとすぐに反応が返ってきて、農業をはじめたばかりの私たちにとって勉強になる作物でした。美味しいものができるとすごく嬉しいし、周りの人も喜んでくれる作物だなと感じていました」。



しかし、やりがいを持って作っていたいちごはなかなか収入につながりませんでした。さらにイチゴは陽が出る前に採っておきたい作物。夜中の3時にヘッドライトをつけて二人で作業をしていたといいます。



「移住したばかりで自営の立ち上げと子育てと、初めてのことが重なったので苦労した時期でもありました。子どもは生まれたばかりだったので夜中に起きたらおぶって作業をして」。


布団においたら泣くんですよ、と笑う二人に、どうやって大変な時期を超えてきたのか?と尋ねると、「介護の経験を振り返って『お互いにあんな大変なことも乗り越えられてるから、これも一緒に乗り越えられるよ』という気持ちになれたんですよ」と答えてくれました。介護の業界で培った人との接し方や経験がお二人の信頼関係を強くしているように感じました。






グリーンレモンの栽培にたどり着いたのは、就農6年目。様々な作物を育てた結果、ミョウガの栽培が安定してきた時でした。夏はレモン、冬はミョウガというサイクルで基盤を底上げしようと考えたからです。


レモンは栽培を始めてから最初の収穫まで3年かかる作物。初めて実が成った時にはイチゴと同じように「ありがたいねえ」と、可愛くて仕方なかったといいます。


「振り返るとこれまでの10年は、なにもないところからやっと農業を形にできたという感覚です。作物は面白いもので、たくさん手をかけるとよく成ってくれるんだけど、あまり足を運べない時はいじけるんです。ちゃんと言葉をかけてあげられているか、気にかけているかみたいなところがすごく大事で、子育てに近いものがあります」。





「なんで父ちゃん、やらなかったの?」なんて。



長男のゆうきくん(10)と次男のこうすけくん(7)と現在4人家族の杉本家。

子育てをするのに、田舎を選んでよかったと思うことが多いといいます。





「子どもが少ないけれどその分、役割が与えられるんです。祭り行事や文化が残っているからそんな時にも声がかかるし、人に流されるのではなく自主性や責任感が生まれるように感じています」。



ただ、農業も子育ても人が途絶えると仕組みが崩れてしまう。耕作放棄地が増えて手のつかない状況になる前に、次世代が継げるように残していかなければならない。けれど、どこに着地点があるかわからず想いばかりが膨らんでいたといいます。



「最初は考えを口にするだけで何もできてなかったんです。でも息子が大きくなった時に『なんで父ちゃん何もしなかったの?』って言われたくなかった。できるかできないかよりも、やったかやらないかが大切だと気づいて、『俺やったけど、ダメだったよ』って言える自分ならいいかなって」。




地域に入っていくなかで、「蜷川地域の活性化に特化しよう」と決めてから自分たちの軸ができたと振り返るお二人。現在は、地域の若手と手を取り合って農事組合蜷川という任意組織を立ち上げました。さつまいもやブシュカンなど中心に育てる活動を行なっています。



「これもできるかできないかとか、収益が上がるか上がらないかとかではなく、まず身近な人と手を取り合って形にしていくきっかけを作りたいと思って、農事組合蜷川としてみんなで、次の子たちのために」。







一番大切なのは、「やり方」ではなく「心持ち」。


杉本夫妻が農業をするうえで大切にしていることは「美味しいものを食べてもらう」ということ。農業を始めるきっかけとなった、人間にとって"食べる"ことは幸せだという気づきから、変わらず大切にしていることです。そして、農業を続けていくうちに植物にも同じように元気で健やかにいてほしいという思いが強くなっていきました。





「食べる人も、植物も、自分たちもみんなが気持ちいい農業をすること。難しいけれど、そのバランスを考えることが農業だと思ってます。薬を全く使わずに、植物を病気にさせず、美味しいものを作ることが1番ですが、その難しさを感じています。でも直接食べるものだからなるべく農薬を使いたくないという気持ちもあり、これから減農薬を目指していこうと思っています」。



より良いバランスを取るために試行錯誤している時、「一番大事なのは生産者の心持ち。やり方じゃなくて心持ちなんだ」という地域の農家さんの言葉に出会い心が楽になりました。


試行錯誤していることに意味があると気付けてから心が楽になったという杉本さん。みんなが気持ちいい農業を大切に、蜷川地区のこれからを見据え、家族と共に歩んでいきます。